ふり返ってはならない(2)

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日本神話にも、オルフェウスの冥界下りと似た話が伝わっています。今回はそれについての補足。

夫婦で日本の国土を形づくったとされるイザナギとイザナミの逸話で、イザナギが、死んでしまった妻のイザナミを黄泉の国から連れ戻そうとして、あと少しというところで失敗してしまう、つまりオルフェウスと同様に「ふり返ってはならない」のだったがふり返ってしまう、という話です。

こうした類似は、同じ神話を語っていた者たちの大昔の移動や、文化伝播との連動があるのでしょうか。そのように推測されることはよくあります。ただし、神話の類似が文化の伝播によることを示すはっきりした証拠はないですし、人間の普遍的発想が文化を越えて表出している例として捉えるのも一つの考え方でしょう。このような物語の展開(あと一歩というところで失敗してしまう話)は普遍的に見られるもので、必ずしも伝播を想定しなくてもよい、ともいえます。似たような物語を思いつくような精神構造が人間にはあるのではないでしょうか。

ただし、偶然にしては本当によく似た話ですし、ずっと昔、共通の説話が広まるような人々の移動などがあった可能性も全否定はしません。

参考に、近年、ハーバード大学のマイケル・ヴィツェル(Michael Witzel)は、世界神話学(World Mythology)の理論を提唱しています。アフリカから世界へと広がった人類の展開プロセスと、神話の類型分析とを関連づける理論で、端的にいえば神話の類型(似た話)の分布から太古からの人類の移動や文化伝播が理解できるとする理論です(という説明で正確ではないかもしれないので、勉強して確認しておきます…)。このような研究もあるわけで、管理人も、神話の共通性は人間の移動や文化伝播と全く関係なしと断じたいわけではないのです。こうした論点と、先述の精神構造の普遍性etc.と、どちらか一方だけが正しい理解というのではないのでしょうね。

ともあれ「世界神話学」については、私の曖昧な説明よりも、参考文献として後藤明『世界神話学入門』 (講談社現代新書、2017年)を挙げさせていただきます。

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