ギリシア神話

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以下では、本サイトでの「ギリシア神話」「ギリシア・ローマ神話」の前提説明をしております(ちょっと長め)。ちなみに「ギリシア」「ギリシャ」どちらでもいいのですが本サイトでは前者に統一しています。

 本サイトでいうところのギリシア神話(後述のようにギリシア・ローマ神話という言い方をする場合もあります)について、説明しておきます。
 まずギリシア・ローマ史の流れを簡単に。前二千年紀、ギリシアでは小王国が分立していました。この時代は代表的な遺跡にちなんでミュケナイ(ミケーネ)時代と呼ばれています。前1200年頃、王国分立時代は終焉を迎え、それから400年間ほど、人口が減少して国家と呼べるものは成立せず、文字記録もない時代が続きますが、この間に社会変化が進んでもいたのでしょう。前8世紀頃、各地でポリスと呼ばれる民主的な市民共同体国家が誕生します。以後、前4世紀にかけて、ポリス社会を中心に様々なギリシア文化が発展する時代です。

Map of Greek & Phoenician Colonies, 800-400 BCE. (赤の箇所がギリシア人居住地。) Licensed under the Creative Commons Attribution-Share Alike 3.0 Unported License..

 一方、地中海各地に進出したギリシアの影響を受けながら発展したのがローマでした。ローマはイタリアを統一し、前二世紀にはギリシアを征服。さらに地中海世界を統一し、のちのヨーロッパの土台を築いたといえます。ギリシア文化と、それを受け継いでときに発展させたローマ文化が、西洋文化の基礎にあります。

 では、ギリシア・ローマ神話とは何なのでしょう。先述のミュケナイ時代の記憶、さらにそれ以前の遥か昔まで遡る記憶が、文字の使われなかった間も口承で受け継がれていたようです。前8世紀以降のギリシア人たちは、そうした太古を神々と人間が近しい関係にあった時代とイメージして、物語を語り継ぎました。それは、人間の姿で思い描かれた畏怖すべき神々と、その神々の子孫で実在したと信じられた英雄たちとが織りなす多彩なドラマ。ポリスが成立する前8世紀頃にギリシア人はアルファベットを用いるようになるので、我々が「ギリシア神話」として把握しているのは、これ以降に記録されたものです。

 そうした物語を伝えていたのは、主に詩人たち。彼らは昔から受け継がれた物語を祭典などの際に歌っていました。最も有名な詩人が、伝説上のトロイア戦争について歌ったホメロスと、神々の系譜を歌ったヘシオドス(共に前8世紀頃)。詩人たちが歌った「口承詩」は、のちに文字に書き下されて後世に伝わっていきます。なお、神話中に登場する昔の詩人(アオイドス)は竪琴を奏でながら歌っていましたが、すでにできあがった詩を歌う後代の詩人(ラプソードス、ラプソディの語源)は伴奏なしで吟じたようです。祭典で上演された演劇でも神話が題材とされ、こちらも神話を伝える重要なメディアでしたし、ほかにも神殿など公共の場の彫刻や絵画、日常生活で目にしたであろう陶器の装飾画などを通じて、人々は神話イメージと共に生きていました。また人々はあらゆる事象の背景に(目には見えないが)神的存在があるとも考えており、たとえば神々が人間感情にまで影響を与えていると想像しました。そして神々が世界を、昔も今も動かしていると考え、崇めたのです。

 先述のように、こうしたギリシア文化を継承していったのがローマでした。ローマにも固有の神話がありましたが、神々はギリシアのそれと重ね合わされるなど、ギリシア神話の影響を強く受けます。そのため、たとえばギリシア神話の主神「ゼウス」はローマのラテン語では「ユピテル」と呼ばれるなど、ほぼ同じイメージの神について複数の呼び名が並存している場合が見られるのです。ただし、もちろんローマ固有の要素もありましたし、ローマの詩人によって新たな解釈が生まれたり、エピソードがつけ加えられたりして、物語がより豊かになったともいえるでしょう。前1世紀後半以降、ローマが帝国になった時代には、従来の神々への畏怖の心が変質し、神々の恋愛物語が好まれるようになります。こうした面ではローマの詩人オウィディウスが扱った多くの神話題材が有名で、後世の芸術に多大な影響を与えており、「ギリシア神話」といったとき、特に芸術関係でイメージされているのはローマ要素の強い神話であることも多いです。「ギリシア・ローマ神話」という併記は、こうした事情をふまえた呼び方です。

神話はフィクションか、非合理か

 ギリシア・ローマ神話は、一人の王や一つの国の意図に沿って統一的に生み出されたわけではないし、聖書のような聖典にまとめられたわけでもありません。それぞれの土地の言い伝え、詩人や著述家の解釈・創作、権力者の意向などを反映しながら、多様な物語が生み出されました。だから数多くの異伝、矛盾も見られます。しかしそれゆえ、ギリシア・ローマ神話は物語とイメージがたいへん豊かなのだといえるでしょう。

 現代において小説などが映画化される際にも、諸般の事情で原作と内容が変えられたり、物語の続編のみならず「前日譚」が後から生み出されたり、本来は脇役であったキャラクターを主人公にした新たな物語が創られたりすることがありますから、物語が変化し、新たな創作のもとに広がっていくことは、イメージできるのではないでしょうか。古代においても似たようなものとして理解できるでしょう様々な「創作」がなされることがありましたが、古代の場合、神話は伝統化されて「事実」、あるいは事実を超越して疑うことのできない「真実」と考えられたことが特徴です。何らかの意図のもとで個人の改変や創作があっても、それが語り継がれて定着すれば、作り話とは見なされなかったのです。そうした点で、神話は現代人にとっての「フィクション」とは異なります。たとえばギリシアの劇作家たちは、神話を題材に同時代の社会問題なども意識して劇を創作しましたが、語り継がれてきた物語の大枠はあくまで維持していました。このように、皆が好き勝手に話を創っていたというわけではないのです。神話は作者が明確なフィクションではないからこそ、古来の「本当のこと」として伝統になっている中核が定まっていたうえで、解釈や創作がつけ加えられ、社会・時代が受け入れたものが広まり、浸透して、また新たな伝統となっていったのでした。

 なんとなく知っている方も多いでしょうが、古代神話の神々はキリスト教などとは違って、人間の良いところも悪いところも極端な形で投影されているような存在です。善良とは限らず、騙し合ったり姦通したりする神々を思い描くことを、哲学者クセノファネス(前6世紀)やプラトン(前427〜前457年)は批判していました。ただし、こうした「神話批判」は例外的です。それにプラトンは、あくまで神話の内容を批判したのであって、教育に役立つような立派な神と英雄の姿こそ語るべきと考えていました。その意見は、神話が社会に多大な影響力をもって浸透していたことをあらためて示しているといえるでしょう。

 ところで古代ギリシアといえば、「科学」に至る合理的精神を育んだ時代でもあります。神話を信じていたのと矛盾するようにも思えるのですが、諸現象の原因をなんとか説明しようとして神々を想定したり、様々な神話からより妥当と考えられたものが受け入れられていったりしたことは、ある意味「合理的」でもあり、諸学問を発展させたギリシア精神と矛盾するものではないのです。

古代神話の継承

 ローマ帝国時代、東地中海沿岸部において一神教のキリスト教が誕生し、ときに新興のあやしげな宗教と見なされ迫害されながらも信者を増やし、紀元4世紀にはついに国教となりました。ローマ帝国が解体しても、キリスト教はヨーロッパの宗教として浸透・定着したわけですが、そのキリスト教のもとでも古代の多神教の神々は消え去ることなく受け継がれていきます。どのようにして並存したのでしょうか。

 キリスト教以外の神々は、たとえば「死後に崇められた太古の偉人や権力者、つまり人間のことだからキリスト教の唯一神とは矛盾しない」と考えられ、その物語が語られ続けました。なお神話の中核に歴史的事実があるとする考え方を、神々とはもともと偉人のことだと主張した前300年前後の著述家エウヘメロスから、エウヘメリズム Euhemerism といいます。

 また古代神話は、自然や宇宙の力を象徴したものであるとも理解され、星の名や星座の由来説明としても残りましたし、古代の神々は人間の徳などを擬人化したものであるという寓意解釈が強調されることもありました。

 そして古代神話にあらためて強く関心が向けられ、さかんにギリシア・ローマの神々が芸術において取り上げられるようになった画期が、14〜16世紀頃の古典復興、すなわちルネサンスである。名画『ヴィーナスの誕生』に代表されるように、芸術家や著述家が、もともとの神話を強く意識しながら様々な表現に活用して受け継ぎ、西洋文化の重要な要素として古代神話を定着させたのです。

 神話は、近世・近代の学問発達に伴い研究対象にもなって、その背景や意味がいろいろな観点から捉えられるようになりました。考察の対象は世界中の神話に及んだが、その中心にあったのは、やはり西洋文化の大いなる源泉たるギリシア・ローマの神話だったといえます。また神話自体は虚構と考えられるようになっていたわけですが、1873年、ギリシア神話に語られるトロイア戦争の舞台、トロイア遺跡が発掘され、遥かな太古をイメージして語られた神話の背景にはときに歴史的事実があることが明らかになって、大きな反響を呼びました。このように神話は、芸術、学問、古代のロマンなど、様々な関心のもとに受け継がれてきたのです。

 そして本サイトで特に注目するのが、ポップカルチャーをはじめとして現代の諸文化や身のまわりに受け継がれ、生き続けている神話の物語、イメージ、キャラクターたちなのです。

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