ギリシア神話の「フレキシビリティ」(4)

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さて、ここまで述べてきたような改変・脚色の「フレキシビリティ(融通性)」もあって、ギリシア神話を素材にしたポップカルチャーでは、古代神話の文脈が踏襲されていない場合のほうが多く、キャラクター名などごく一部のイメージを拝借したいわゆる「二次創作」のようなものも数多く見られます。

それらはギリシア神話ではないのか、と問うとき、古代においてもすでにギリシア神話の継承は絶えざる解釈、改変、異なる文脈への移行(ギリシアからローマへ、そしてキリスト教へ)の積み重ねだったことが想起されるのです。

ギリシア神話は変化が許容されてこそ受け継がれてきました。どこからが正しくない神話か、といった客観的で明白な判断基準は存在しません。古代から現代のポップカルチャーに至るまで、連続性こそ見出すことも可能でしょう。

古代に伝えられていた物語・イメージをひとまず「本来のギリシア神話」と表現するとして、ギリシア神話の脱文脈利用、ごく一部だけの利用が、一方的に「本来のギリシア神話の解体」となっていくわけでもありません。本来の文脈を離れるからこそ、利用しやすく、文化を越えて、ギリシア神話の要素が普及していくことにもなります。そしてそれは、ときに改変されているからこそ、断片的であるからこそ、「本来のギリシア神話」への興味を喚起することにもなるのです。

ゲームに登場するキャラクターの本来のイメージや、神話を題材にした映画と「本来のギリシア神話」との違いなどについて、ポップカルチャーをきっかけに神話に興味を抱いた者たちが調べて分析・整理した情報がウェブ上にはあふれていますし、ポップカルチャー作品の創造・理解のための資料として刊行される書籍も数多く、これらによって興味を深め、詳しく確かな知識を得ようとしていく者もいるでしょう。

たとえばゲーム『モンスターストライク』の一連のキャラクター解説書は、歴史家や予備校の世界史講師が監修しており、ゲームの閉じられた知識を掲載するのではなくゲームを超えた知識を学ぶことがコンセプトになっていました。その一冊『モンスターストライクで覚える世界の神々』(XFLAG、鈴木悠介監修、日本文芸社、2018年)におけるギリシア神話の解説部分は、ときに簡潔すぎるきらいはあるともいえますが「本来のギリシア神話」の要点を的確に解説している印象を受けましたし(ただ、典拠も参考文献も示されていないのは残念とも思います)、ゲームにおけるキャラクター造形が視覚的におもしろく、こうした媒体を通してこそ本来の神話が生き生きと次世代に受け継がれるという部分がやはりあるのではないかと感じました。

もちろん、このような関連書や解説情報には、特に専門家が介在していなければ誤りも少なからずあるかもしれませんが、重要なのは、現代の神話利用から、本来の古代神話への関心喚起へと、フィードバックも常にありうること。こうして、ギリシア神話の諸要素が広がりを見せるからこそ、「本来のギリシア神話」もまた受け継がれ、相互に作用し続けることでしょう。

そんな人間の文化のありようを理解しながら意義ある教養を得るために、本サイトが少しでも貢献できたら幸いなのです。(「フレキシビリティ」についての一連の投稿はここまで。)

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