美少年アドニス(と、母のミュラ)

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ギリシア神話における悲劇の女性「ミュラ」が木に姿を変じたという逸話から、没薬「ミルラ」の名となり、ミルラを防腐剤として用いていたことから訛って日本では「ミイラ」という発音・表記になった(英語だと古代エジプトなどの「ミイラ」はmummy)、ということで、ミイラもギリシア神話につながります。これは管理人が著書で言及し忘れた話なので補足。では、そのミュラと、アドニスという有名なキャラクターの話を記録しておこうと思いました。

美と愛欲の女神アフロディテには、多くの恋愛物語が語り継がれています。彼女には鍛冶の神ヘファイストスという夫がいるのですが、多くの神々や人間と関係をもつのです(「アフロディジア Aphrodisia」とは「性欲」の意)。夫と同じオリュンポス12神のアレスが愛人で、夫に浮気現場を取り押さえられてしまうエピソードもあります。

そんなアフロディテの恋愛相手として有名なのが美少年アドニス。アドニス誕生とその後の物語を紹介(アポロドロス『ギリシア神話』3.14.3以下、オウィディウス『変身物語』10.300以下)。

キュプロス(キプロス)の美しい王女ミュラは、実父キニュラスを愛してしまいます。苦悩するミュラの思いをくんだ乳母が、ある夜、ミュラの顔を隠してキニュラスに引き合わせ、二人(つまり父娘)は関係をもち、しかもそのときミュラは父の子を宿したのでした。

しかし相手がいかなる女性か確かめたいと思ったキニュラスは明かりを向け、それが実の娘だと知ります。キニュラスは怒って娘を殺そうとしたため、国を去ったミュラはアラビアまで至ったところ、哀れに思った神によって彼女は没薬の木になり(没薬は香や鎮痛剤、防腐剤として用いられた樹脂)、その木から生まれたのがアドニスでした。それで没薬あるいは没薬の採れる木のことをミルラ(英語だと myrrh、発音は「マー」に近い)というのです。

生誕時から美しかったアドニスのことが気に入ったアフロディテは、成長するまで待とうと赤子アドニスを箱の中に入れ、冥界の王ハデスの妻ペルセフォネに預けました。アフロディテは「決して箱の中を見てはいけない」と注意していたのですが、ペルセフォネは好奇心から箱をあけてしまいます。赤子の姿を見たペルセフォネはアドニスの美しさに魅了され、箱から出して彼を育てたのでした。

アドニスが少年に成長したとき、アフロディテが迎えにやってきますが、ペルセフォネが彼を渡さず争いになったので、他の神々に裁定してもらうことになりました。その結果、アドニスは一年の三分の一をアフロディテと、もう三分の一を地下の世界でペルセフォネと過ごし、残りの三分の一は自由に暮らすことになった。これは種をまいてから地下で成長して芽を出す(地上に帰ってくる)植物の成長を象徴した物語で、アドニスの起源は植物神と考えられます(別記事で扱うようにペルセフォネ自身にも似た話が伝えられています)。

アドニスは自由な期間もアフロディテと過ごしていたという。これに嫉妬したのがアフロディテの愛人アレス。狩りに出かけたアドニスのもとに凶暴な猪を送って、それによってアドニスは殺されてしまうのです。悲しむアフロディテのもと、アドニスはアネモネの花になりました(その花が風によって散らされやすいことから、「風の花」の意)。このエピソードを意識して、金星ヴィーナスの近くの小惑星はアドニスと名づけられています。そして「アドニス」は、現代でも美少年の代名詞として用いられるのです。

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