再話――不器用か、確信犯か。姪っ子誘拐の行く末。

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「神話をおもしろく解釈・アレンジしつつ、語り直す(再話)」という企画で、いろいろ書いてみたことがありました。いつかそれらを修正したものを何らかの形でまとめて公けにできるかもしれませんが、現状の習作のようなものも残しておこうという再話シリーズの一編。ペルセフォネ(ペルセポネ、ローマではプロセルピナ)、ハデスに関連する話をあらためて記事にしたところだったので、そちらを題材にしたもの。はじまりはじまり。

超奥手、やることが極端

影のある男が不器用で一途な愛を貫く――というと、聞こえはいいかもしれません。一方、おじさんが姪っ子のことを気に入って誘拐した、と言ったら明らかに気持ち悪いですよね。そもそも犯罪です。実はこれら、同じ逸話を表現しているのです。

ゼウスの兄弟で、冥界の王となったのがハデス。どこを支配するかを決める兄弟間のくじびきで、冥界担当が決まったのだとか。冥界とは地下にあると想像された、死者が訪れる世界。川が流れていたり森もあったりと広大な空間ですが、うす暗い感じです。ハデス自身、ちょっと影があり、仕事を黙々とこなすような性格だったのかもしれません。

ともあれ、ハデスは華やかなことは苦手で、恋愛に超奥手(兄弟・ゼウスとはえらい違い)。 ゼウスは、たまに神々の集まりでハデスを見かけたりすると、 「ハデス、お前は暗いねん! 恋ぐらいせーよ!」 と、上から目線で変なエールを送ります。しかしおかげでハデスも、良い女性はいないかな、と少しは思うようになったのかも。

そしてハデスはついに恋をしました。地上でたまたま見かけた少女に一目ぼれしたのです。 それは、「乙女」というあだ名でも呼ばれる可憐な少女、ペルセポネ。豊穣の女神・デメテルと、ゼウスとの間に生まれた娘。つまり、ハデスにとっては姪っ子です。ハデスは律儀に、ゼウスに報告・連絡・相談(恋の新入社員)。

「あの美しいペルセポネに、わがはいは、恋をしたのだ。その……つき合ってもいいだろうか」

「やるやないか。我が娘もかわいいが、なんといっても兄弟のいうことだ。そりゃかまわん。ただ、おまえは奥手であかん。こういうときはガーッといけ、ガーっと。母親のデメテル? あー、わしが許可取っとくから」

と、あおりたてたかはわかりませんが、ゼウスはOKサインを出したようです。

恋愛下手なハデス、その許可をどう受けとめたのか……ペルセポネを誘拐(極端!)。

彼女が泣こうがわめこうがおかまいなし、むりやり冥界に連れて行ってしまうのです。そして「結婚してくれ」とプロポーズ。

ペルセポネからすると突然さらわれたわけですから、シクシク泣き続けたのではないでしょうか。 ハデスはハデスで、とつぜん妙な行動力を発揮しておきながら、ペルセポネにどうやって愛を理解してもらえるのか、オロオロ。せめてご機嫌をとろうと四苦八苦。 「わがはい、そなたが小さいころから知っていてな……」(微妙な親戚の昔話ほどつまらないものはない。)「冥界名物の、おいしいザクロでも食べるかい」

ロセッティ『プロセルピナ』(1874年、テート・ブリテン所蔵。Public Domain via Wikimedia Commons.)

ペルセポネ、泣き続けてお腹もすいてしまったのか、これを口にしますが、その後はまた悲しみにくれています。

しかし……ハデス、とっても悪い奴というわけではなさそう。なんといってもゼウスの兄弟で、権威ある神でもありますし。なんて、いつしかペルセポネも思い始めたかもしれません。

戻れる? 戻れない?

娘の姿が消えてしまったことで、母である豊穣の女神・デメテルは気が気ではありません(報告をうけおったはずのゼウス、浮気で忙しいので忘れてます)。

「あの子、おとなしそうに見えて芯は強いから……まさか家出? いえいえ、私に何も言わずになんて考えられないわ……いったいどこで、どうしているの……」

母は衰弱するほど心配して、各娘を必死に探し、各地をめぐっていました。 そんなデメテルを目にして、これはかわいそうだとペルセポネに起こったことを教えてあげたのが太陽神・ヘリオス。空から世界をながめているこの事情通(神界のゴシップ週刊誌)は、ハデスが冥界へと娘をさらったこと、しかもゼウスが関係しているらしいことをデメテルに教えます。

デメテルはもちろん激怒。 「冥界に連れ去られていたなんて! どうりで見つからないはずだわ。ハデスは神々のなかでも良識があるほうだと思ってたのに……。それにゼウス、自分の娘でもあるからって勝手なことを! ハデスもゼウスにそそのかされたのかもしれない!(ほぼ当たり)」

娘が無事であることには安心したものの、なんとも怒りがおさまらないデメテルは、神々のもとから去って、人間の姿に変身して下界を放浪しました。

デメテルが豊穣の神としての仕事をほっぽり出していると、困った事態になります。大地の収穫がもたらされないのです。人間にとっても良くないことですが、収穫を奉納してもらう神々もまいってしまいました。

デメテルが例の件で怒っているらしいことを知ったゼウス。 「すっかり忘れてたし、ハデスもまさかあそこまでやると思ってなかったし……ヤバい、どうしよ……ペルセポネが戻って来れるよう、仲裁するか」

ハデスも事情を知り、やむをえないと了承したのですが……

実は「冥界の食べ物を口にしてしまった者は、冥界に同化してしまい、完全には地上に戻ってくることができない」という法則というか決まりがあったのです! そういやあったわ、そんなルール!

がく然とする関係者。そう、ペルセフォネは冥界でザクロを口にしてしまっていたのでした(ハデスは気にしてなかった? それとも……?)。

そこで、できる範囲での解決策があらためて相談されます。「完全には」戻ってくることができないわけで、一年のうちある程度は冥界に滞在するのなら、地上に戻ることも可能。ペルセポネは、どうせ冥界にいないといけないのであれば、一年の三分の一だけ冥界の王妃として暮らすことを受け入れます。そして残りは地上で母と暮らすことにし、母娘が豊穣の女神として地上に春の息吹や穀物の成長などをもたらす、ということになったのです。

乙女も覚醒したりして

一年の三分の一とはいえ、冥界に戻り続けることになったペルセポネ。泣く泣くそうなってかわいそうと想像するのは、「乙女」は弱いはずだというイメージの押しつけかもしれません。乙女だって、こうなったら適応することもあるでしょう。

ハデスが、 「きっかけはあれだったけれども、わがはいの愛を受け入れてくれたようで、うれしいぞ」 と、声をかけると、乙女はもう開き直っておりまして。

「おい、おっさん!」(え?)「うちにザクロ食べさしたん、わざとやろ! ま、いまさらウダウダ言うてもしゃーないわ。どーせ冥界に住まなあかんのやったら、王妃としてそれなりにやらせてもらうで! まず、王宮のうす暗い部屋、リフォームや! あとな、ずっと思っとったんや! 『わがはい』ってなんやねん!!」

そんな、乙女の強さも目の当たりにしたハデスさん、こう思うのでした。 「うーん、好き」

以降、冥界にペルセポネが滞在する間は、二人は意外に仲むつまじく過ごしたようです。

……この話、関係者たちのどの視点で考えるかによって、愛や怒り、喜劇や悲劇、犯罪と許しなど、いろいろな要素がうず巻いたり、反転したり、「解釈映え」する神話の典型として、おもしろいのではないでしょうか。

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