大母神──マザー・ゴッデス

最終更新日

古代の女神について「大母神」「大女神」あるいは「地母神」といった名称(英語で Mother Goddess や Great Mother)が用いられることがあります。キュベレのような女神(こちらをご参照ください)について称号的に用いられるほか、様々な女神の「原型」とされる太古の女神を漠然と指す言葉です。ここでは後者のイメージについて述べておきます。

多くの神々を生み出した原初の大地の女神ガイアのような存在には、「生命を生み、育む女性」のイメージが投影されていると考えられます。一説には、ガイアに象徴される生命と自然を司る原初の女神=「大母神」崇拝こそが、様々な女神イメージの根源にあると推測されているのです。また考古学的にも、女神こそが太古の最も重要な信仰対象であるとの解釈がありまして。すなわち南東ヨーロッパを中心とした各地で、作製が数万年前に遡る腰や胸を強調した女性偶像が数多く見つかっており、美の女神にならってヴィーナス像と呼ばれているのですが、これらは女性の生命を生み出す役割を強調した女神像であり、太古の大母神崇拝を示すという見解があるのです。

ヴィレンドルフのヴィーナス。約24,000年から22,000年ほど前に作られたと推測される。高さは11.1cmほど、素材はウーライト (魚卵状石灰岩) 。ウィーン自然史博物館所蔵。Creative Commons via Wikimedia Commons. このファイルはクリエイティブ・コモンズ 表示 2.5 一般ライセンスのもとに利用を許諾されています。

そうした「大母神」が敬われたような太古には、女性が権力を有した「母権制社会」が存在したと想定する者もいます(古くは19世紀に、研究者バハオーフェンが著書『母権論』で唱えました)。その主張は明確な証拠に欠けるため、厳しい批判にもさらされてきたのですが……。

「太古の時代、女神、女性、そしてそれらと重ね合わされて自然は敬われていたが、しだいに戦闘的男性社会が発展し、自然はないがしろにされるようになった」と、人類史を捉える見方は、たとえば20世紀後半、女性の権利向上が求められたウーマンリブの時代に脚光を浴びることになりました。

このように男性中心社会の歩みを批判したり、自然を崇めることを忘れた現代文明を批判したりするツールとして、自然と重ね合わされた偉大な女神=「大母神」のイメージが受け継がれているわけです。

しかしながら、様々な女神の原型としての「大母神」の存在をはっきりと証明することはできません。先述の偶像の意味も、あくまで現代の一つの解釈。太古の母権社会実在の確かな証拠もないことに留意しなければならないでしょう。そして、古代の神が現代のニーズに応じるかのごとく再生しているような状況こそ、認識されるべきとも思うのです。

シェアする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトは reCAPTCHA で保護されており、Google の プライバシーポリシー利用規約が適用されます。

コメントする