クトゥルフ神話と「失われた大陸」

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実在したのかどうか、さまざまな説や推理と共に語り継がれてきたアトランティス、レムリア、ムー大陸。それらのイメージを受け継いで世に伝え続けるものとして、今回は「クトゥルフ神話」にふれておきたいと思います。

日本でもファンが多い、クトゥルフ神話とは、米国の作家H・P・ラヴクラフト(1890~1937)に始まり、多くの追随者によって展開されることになったホラー小説群・物語体系で、宇宙からやって来て太古の地球を支配していたとされる恐ろしい異形の存在(邪神族)がテーマです。そこに感じられる不気味さは、19世紀~20世紀前半のオカルト信奉者たちが語った太古のイメージに通じるものがあり、作品の世界観全般においてラヴクラフトがそうした思想に影響を受けたからこそと思われます。

そして、クトゥルフ神話を展開する前の短編小説からラヴクラフトは、海底に沈んだ陸地や失われた文明を、太古の邪神の居場所や痕跡として物語に取り込んでいたのです(『ダゴン』1917、『海底の神殿』1920、クトゥルフ神話の原点ともいえる『クトゥルフの呼び声』1926、『墳丘』1930、など)。

失われた大陸のイメージについては特に、神智学者スコット・エリオットの描写や、チャーチワードの書を参考にしたと伝えられます。なお同時代の米国だと他にも、ロバート・E・ハワードの『コナン』シリーズや、クラーク・アシュトン・スミスの連作短編(たとえば『ゾティーク』シリーズ)など、剣と魔法の世界での冒険物語、いわゆる「ヒロイック・ファンタジー」作品において、舞台設定に神智学的な失われた大陸あるいは浮上する大陸が取り込まれています(アシュトン・スミスは、直接的にアトランティスを題材にしたものや、クトゥルフものも執筆しており、多くの作品が失われた大陸につながる)。

ラヴクラフト自身は(そして他の作家たちも)失われた大陸の実在を信じてはいなかったようです。だが、魅力ある題材なので作品に用いているとラヴクラフトは述べていました(H. P. Lovecraft, ed. by A. Derleth and D. Wandrei, Selected Letters 1925-1929, Sauk City, WI: Arkham House, 1968, p.253) 。そう、失われた大陸は魅力的なのです。

そんなものは実在しないと誰かが論理的にうったえたとしても、人々の心から決して消え去りはしないのが、失われた大陸。本サイトで取り上げる意味も、きっとあるでしょう。

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