アトランティス物語が語られた理由(2)

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そもそもアトランティスとは語られた文脈上において何なのか、ここで補足的な話を。アトランティスは、いわゆる理想郷、「ユートピア」のイメージと重ねられることがあります。それへの憧憬がアトランティスへの普遍的関心の大きな要因の一つでもあるでしょう。

ちなみに「ユートピア utopia」とは、英の思想家トマス・モアが1516年に出版した『ユートピア』に登場する同名の架空国家のことで、ギリシア語の「無い」(ou)「場所」(topos)を組み合わせ「どこにも存在しない」との含意を持たせたとされる造語。

さて、アトランティスを理想郷として捉えると誤解を招くかもしれません。『ティマイオス』と『クリティアス』は、良い国について論じた『国家』の続編。となれば、堕落して滅んでしまうアトランティスは、(神話を教育に利用しようとしていたプラトンにとって:前回記事)良い国についてさらに考えていくための反例、「良くない国」についての話であり、こうなってはいけないという反面教師的・警告的意味を備えていると思われるのです。

「アトランティスと戦った太古のアテネ」の方が素晴らしい国だったということはアトランティスについて語られる前に示唆されていますし、のちにより詳しい説明がなされることが予告されてもいます。が、対話篇は中断してしまったのでした。

対話篇が続いたら、アトランティスという堕落した国家をアンチテーゼとして、良い国家たる太古のアテネについてもっと語られたはず。そのアテネこそ、プラトンが想像したもう一つの祖国の姿であり、国のモデルを神話として世に示して語り継がれるようにと意図した、物語の本当の主人公なのです。

ということは、アトランティスの実在についての議論と、一万年以上前にアテネに国家があったのかという問題とが連動するのですが、そのような「太古のアテネ国家」が存在した証拠は全くありません。

そもそも対話篇は「フィクション」であることも忘れてはならないでしょう。便宜的に「プラトンが語った」と主に述べてきましたが、正確には登場人物が作中で語っているのです。アトランティスをめぐる話は、彼らが台詞のごとく述べるところでの「真実」です。

他の対話篇においてもプラトンが語る寓話は「真実」だと表現されています。たとえば魂の不死と再生について語られる際も、真実と強調されているのです。プラトンにとっては、アトランティスのような国は滅んでしまうとか、良い国とはこのような国だという想像も、正しいことであり、真実。プラトンの対話篇における「真実」とは、神話と歴史とを基本的には区別するようになった我々にとっては特に、「歴史的事実」と同じだとの印象を抱かせるのですが、対話篇での真実と、歴史的事実とをここで安直に同一視するべきではありません。そしてこのことが、アトランティス実在議論を複雑なものにしている要因であると共に、「未知の古代文明が本当に存在したのではないか」というロマンを世に喚起し続けていると思います。→続く…

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