ドネリーとアトランティス論(1)

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近代においてアトランティスへの関心が高まる要因の一つとして、当時の海底探索についてふれましたが(→こちら)、もう一つの大きな要因といえるのが、米国の政治家・作家イグネイシャス・ドネリー(Ignatius Donnelly 1831~1901)の著書、『アトランティス―大洪水以前の世界』(1882)が、多くの読者を得たことでしょう。ここからは、ドネリーについて記事をまとめておきたいと思います。

※「ダンリー」という発音・表記が原音に近いので、管理人もかつての著書でその表記を用いたことがあったのですが、日本ではドネリーと紹介されてきた場合が多いので、ここではそれにあわせます。

ドネリーは、アトランティスがかつて大西洋に実在し、そこから東西に文明がもたらされたとの議論を展開しました。全てが新しい斬新な説というわけではなく、先述のルドベック(→こちらの記事です)のほか、1803年にアトランティスこそ人類文明発祥の地ではないかと主張していたフランスの博物学者ボリ・ド・サン゠ヴァンサン(Jean Baptiste Bory de Saint-Vincent 1778~1846)『幸運の島々についての試論』など、先行した諸説と重なる部分や連続性があります。しかしドネリーの主張は、それまでの諸解釈を包含しつつ、蓄積されてきた各地の神話の情報などもふまえて展開するものであったことや、当時の科学的研究の進展ともリンクしていたことで、反響を呼んだのです。

アトランティス研究は俗に「アトラントロジー」(Atlantology)と表現されことがありますが、アトランティスへの関心を広範に呼び覚ましたドネリーの書こそ、アトラントロジーの聖典のようなものといえるでしょう。

学者間では、アトランティスの物語はプラトンが思想を表現するための寓話、という解釈が一般的で、当時もプラトン研究者・翻訳者は冷静にそう見ていました。ところが、実在を主張する、もしくは「アトランティスとは○○のことである」と措定する論者および説が、ドネリーの著書以降ますます増えていきます。アトランティス継承を知るうえで、諸説を無視するわけにはいきません。ただし、ここで詳しい説明と共に挙げきれないほど諸説は多いのです(時間はかかるでしょうが、本サイトで整理・紹介していきますけれども)。そこで、影響力があり有名で、諸説に通底する複数の要素を内包するドネリーの論を中心に、解釈の要点および問題点を考えておきたいと思うのです。→続く

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