ふり返ってはならない(1)

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「3時のヒロイン」という女性お笑いトリオがいらっしゃいます。何度かTVで拝見したことがありましたが、先日ある特番で彼女たちのネタを初めて見ました。それが「プラネタリウム」というコントなのですが、星座解説で言及されるギリシア神話と、妙な客たちのやり取りがシンクロするというもの。そこでふれられていたこともあり、これは一般にも知名度の高い神話ではないかとあらためて感じたのが、オルフェウスについてのお話しです。印象深いのは「ふり返ってはならない」というところでしょうか。先に挙げたコント中でもここが一つのポイントで、笑ってしまったのですが。

オルフェウス──冥界に下った楽人

冥界下り

オルフェウス(オルペウス)は優れた詩人・音楽家で、トラキア(バルカン半島東部)の人。学芸の女神ムーサの一人カリオペとトラキア王の子とも、カリオペとアポロンの子とも伝えられる。彼は竪琴と歌で動物さえも魅了したという。

そんなオルフェウスの最も有名なエピソードが「冥界下り」(オウィディウス『変身物語』10巻冒頭)。オルフェウスは、木のニンフである美しいエウリュディケを妻としていたのですが、彼女は毒蛇にかまれ死んでしまいます。そこで、どうしても妻を甦らせたいオルフェウスは、死者の世界に入るのです。

ギリシアでは、各地にある深い洞窟が地下の死者の世界、冥界に通じていると考えられていました。彼は自慢の竪琴と歌で、冥界の川ステュクスの渡し守カロンや、冥界の番犬ケルベロスをも魅了して進んでいきます。ついにオルフェウスは、冥界の王ハデスとその妻ペルセフォネのもとにたどり着き、エウリュディケを甦らせてくれるよう求めて竪琴を奏でました。心を動かされたペルセフォネにハデスも説得され、エウリュディケをオルフェウスの後ろに従わせて送るのですが、エウリュディケを冥界から連れ出すには条件がありました。

「地上に戻るまで、決して後ろをふり返ってはならない」というのです。

気配を感じさせない妻を後ろに連れて、オルフェウスは地上を目指しました。ですが、やっと光が見え、地上まであと少しというとき、妻が本当について来ているのか不安で耐え切れなくなったオルフェウスは、後ろをふり返ってしまいます。

妻はたしかにそこにいたのですが、オルフェウスが約束を破ってしまったがゆえに、あっというまにエウリュディケは冥界へと引き戻されてしまい、二度と会うことはできなかったのです。

受け継がれるオルフェウス

妻を失い嘆き悲しむオルフェウスはトラキアに帰ると、女性との関係を絶ち、輪廻転生を説くオルフェウス教を広め始めたといいます。オルフェウス教は古代に存在した密儀宗教。その起源の神話的説明なのでしょう。

一説には、女に全く関心を示さないオルフェウスに侮辱されたとして怒ったトラキアの女たちによって、彼はなんと八つ裂きにされ死んだと伝えられます(『変身物語』11巻冒頭)。オルフェウスの首は川に投げ込まれましたが、首は歌いながら川を下っていきました。そしてそれはエーゲ海のレスボス島に漂着したとも伝えられます。ちなみにレスボス島は「レズビアン」の語源として有名。前7世紀に実在した女流詩人サッフォーが、この島で少女たちを集めて歌や踊りを教えていたことに由来します。

その後オルフェウスの竪琴は、彼の死を惜しんだゼウスによって天に上げられ、「こと座」(Lyra)になったのでした。

オルフェウスとエウリュディケの物語は、芸術に多大な影響を与えており、たとえばグルック作曲のオペラ『オルフェオとエウリディーチェ』(1762年)の題材となりました(オルフェオはイタリア語形)。オペラといえば、オッフェンバック作『天国と地獄(地獄のオルフェ)』も、この物語をもとにしています(初演1858年、オルフェはフランス語形)。日本では特に、その劇中歌で軽快な曲調の『地獄のギャロップ』が、運動会の定番曲になったことで知られています。

またジャン・コクトー作の戯曲『オルフェ』、そしてオルフェウスの愛の物語を現代化した映画『黒いオルフェ』(一九五九年)も有名。その他、音楽関係の事物の名称にオルフェウスの名がよく用いられています。

「ふり返ってはならない」

ご存じの方も多いかも知れませんが、オルフェウスの冥界下りに似た話が日本神話にもあります。これには何か関係があるのでしょうか。この点については別投稿で補足しておきたいと思います。

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