志向されるギリシア神話(3)

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「ギリシア神話の後世側からの志向」としてさらに、ポップカルチャーが生み出す多彩なイメージやプロットを、現代の側からギリシア神話の生まれ変わった姿として理解し続けている、という面があります。

映画への神話の影響を分析した専門的な論文集『スクリーンにおける古典神話』(M. Cyrino and M. Safran (eds.), Classical Myth on Screen, ‎New York: Palgrave Macmillan, 2015)では、創作者たちが明確にギリシア神話の参照や影響を表明しているようなケースの他にも、映画とギリシア神話との類似性を遡及して捉えている例が多く見られます。

たとえば、主人公のボクサー、ロッキーが、盟友アポロをリング上で殺したドラゴと戦うという展開の『ロッキー4』に、トロイア戦争の勇士アキレウス、その盟友パトロクロス、アキレウスの宿敵ヘクトルの関係性を読み取るとか。

映画やドラマの「戦うヒロイン」像の原型をギリシア神話の戦闘的女部族アマゾンに遡るとか。

『ダークナイト』の悪役ジョーカーが文明世界にもたらす狂気に古代神ディオニュソスの信仰の狂騒を重ね見るとか。

こういった解釈が展開されているのです。(Lisl Walsh “Italian Stallion Meets Breaker of Horses: Achilles and Hero in Rocky IV (1985)” in: Myth on Screen, p.15-26; Beverly J. Graf “Arya, Katniss, and Merida: Empowering girls through the Amazonian Archetype” in: Myth on Screen, p.73-82; David Bullen “Dionysus Comes to Gotham: Forces of Disorder in the Dark Knight(2008)” in: Myth on Screen, p.183-193.)

こうした解釈を日本で適用するなら、『南総里見八犬伝』や、漫画の『ワンピース』は、個性ある英雄たちが力を結集して冒険を繰り広げる「アルゴ船の冒険」の神話こそ原型として析出されそうです。

以上のような解釈には、現代の作品にギリシア神話の要素を「見出している」感も強く、ギリシア神話還元主義のような見方に陥らないよう注意も必要でしょう。しかし、ギリシア神話が、物語を生み、理解するための「パラダイム」あるいは「理念型」となっていることを示してもいるのです。

ポップカルチャーにおける参照元としてのギリシア神話の影響と、現代側からのギリシア神話に対する絶えざる再評価という、「相互作用」がはたらいています。ギリシア神話は、過去と現在の文化の対話に介在しているのです。

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