物語の力―ホメロスの叙事詩を例に

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トロイア戦争について述べてきたところで、そのトロイア戦争を題材にしたホメロスの叙事詩が語り継がれた背景についても話しておきたいと思います。

英雄叙事詩は、限られたメディアしか存在しない古代において、情報を記録・伝達する手段としての性質を備えていたと考えられます。もちろん文字記録もありましたが、識字能力がない人も多かったですし、社会全体でいえば口承で情報を伝える傾向が強かったのです。

たとえば叙事詩においては、各地の都市や国の成り立ちなど、諸物の由緒や、現実の王族貴族にもつながるとされた英雄の系譜が語られていて、それは歴史教科書や百科事典のような要素をもっていました。

また物語中のエピソードを具体例として、人々は様々な慣わし、自文化の行動原理を学び、世界観を共有したともいえます。たとえば神の怒りによって疫病がもたらされ、人々がそれをおさめようとするエピソードを通じ、神々が常にこの世に関わりをもち影響を及ぼすという観念や、神々をどう敬うべきかを学び、共有し、のちの世代に伝えていったのです。

そして、特に完成度が高くて浸透していたのがホメロスの詩でした。

情報伝達の手段として「物語」に優れている面があるのは、現代においても実感できるのではないでしょうか。たとえば評論家が難しい言葉で社会を批判するよりも、社会批判を題材とした小説や映画のほうが多くの人の心を捉え、影響を及ぼしうるのは想像に難くありません(ただし英雄の物語の影響力についてはギリシア特有の事情があったのですが、それは本記事のほか、別の機会においても述べたいと思います)。

さて叙事詩が慣わしや行動原理を伝えたという点について、もう少しふみ込んでみます。叙事詩において主に活躍するのは英雄たちです。神々の血をひく英雄は、人間を凌駕する存在であると同時に神々よりはずっと人間に近く、自らの姿をより重ね合わせやすい存在だったといえるでしょう。そのため叙事詩には人間の模範を提供する役割があったと考えられます(プラトン『国家』606E、クセノフォン『饗宴』3.5、特に子供たちの教育手段としてはプラトン『プロタゴラス』325E〜326A)。

人間がある場面でどう行動すべきかの模範として、戦場での名誉を求めたアキレウスや、知略をもって苦難を乗り越えたオデュッセウス、そのオデュッセウスの帰還を待ち続けた貞節な妻ペネロペ、そのほか様々な人間たちの姿が語り継がれたのです。

現代でも我々は、勇気や正義とかいった抽象的なことを、幼いときにヒーローものなどの物語を通じて自分なりに理解したり、偉人の伝記物語などを読んで「そのような人物になろう」と思ったりします。このように物語に影響を受けるのは、先にもふれたように古代と現代でも共通する部分があるのです。

ただし古代ギリシアの場合、神話を語り継いだ人々は、当代と隔てられた時代に偉大な英雄たちが生きていたという認識のもと、遥かな過去の時代に対して、畏怖、憧れを伴う強い関心がありました。そして英雄たちに比べれば、現実の人間は卑小な存在と考えていたのです。そのため、英雄の物語にこそ様々な面で教訓や模範を求める傾向がとても強かったといえます。

また、ホメロスの叙事詩は、神々に翻弄されつつ主体的に生きようとする人間の物語。これは中世以降に長らく支配的になった、「唯一の神に従う」キリスト教の人間観とは異なります。だからこそトロイア戦争の物語は、キリスト教的伝統を補完するように受け継がれ、人間考察の一つの原典として常に顧みられながら、西洋文化理解に必須の知識となっているのです。

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