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最近、ギリシア神話の「翻案」、「再生」としてユニークな例と感じたのが、円城寺真己の漫画『イリオス』です。集英社『週刊ヤングジャンプ』にて連載。2022年8月に、単行本第1巻が刊行されました。漫画や映画、ミステリーとかサスペンスといった縦糸とは別に、ギリシア神話という横糸を辿っていたらたまたま出会った作品。そうでなかったら知らなかったかもしれません。縦横の喩えはうまくないなと自覚しつつ…とにかくギリシア神話は新たな出会いをもたらしてもくれます。

さて、本作のあらすじは…
九州の任侠組織、伊莉雄会(いりおすかい)・亀松組の若頭、亀山パリスは、日本の政界や警察にまで影響を及ぼす巨大組織、朱維屋会(あかいやかい)のパーティーに出席。そこで思うところのあったパリスは、朱維屋会の武闘派組長、奴狙(めねら)の妻であるエレネを連れ去ってしまう。朱維屋会の会長である崇目(あがめ)は、「半神」と呼ばれる謎めいた男アキレスにパリス追跡を依頼。超人的な能力を駆使して追ってくるアキレスから、何とか逃れようとするパリスだが…。逃走劇の行く末は?そしてパリスの真意とは?

ギリシア神話どうこうは抜きにしても、けっこうおもしろそうな設定だと思います。ただし、暴力描写が多いですから、万人に気兼ねなくおすすめできるわけではないですけれど、それがOKなら、ぜひ一度チェックしてみてほしいです。

ギリシア神話の観点からは、パリスの審判(こちらを参照)に端を発するトロイア戦争の物語がもとになっており、その翻案・活用の仕方が興味深いです。単行本第1巻で印象に残った「ネタ」を挙げておくと、

□イリオスあるいはイリオンというのが、トロイアの別名(創建者イロスに由来する名)。ホメロスの叙事詩『イリアス』は「イリオンの歌」の意。英語だと『イリアッド(Iliad)』で、こちらのタイトルの漫画もかつてありました。

□パリスは弓矢が得意というのは、神話と同じ。

□朱維屋会(あかいやかい)は、ホメロスの叙事詩中でのギリシア人たちの呼び名の一つ、アカイアから。その総大将アガメムノン→会長「崇目ムネオ」。

□本来の神話において妻ヘレネをパリスにさらわれるメネラオス→本作のヒロイン?エレネと、妻をさらわれる「奴狙組」の奴狙オサム。

□トロイア陥落を予言するパリスの妹カサンドラ→兄の傲慢が家を潰すと考えていた妹「キャシー」。

□「半神」とは古代ギリシア語でヘミテオスといい、神々の血をひくとされた古の英雄(ヘーロース)たちのこと。

あと、「亀山組」という名前や、「アキレスに追われる」という設定が示しているように、有名な「アキレスと亀のパラドックス」も意識されています。

バイオレンス・アクションと形容できるジャンルだと思うのですが、それほど殺伐としていないというか、グロい描写をしてはいても不思議と目を背けたくなるほどではないのは、個人的によいです。これは作者さんの個性かな。エレネとパリスともに、妙に達観したドライなところもいいです。物語が重くなり過ぎていません。飄々としたパリスは、ただの女好きではなく、何やら壮大な野望を抱いている様子。今後の展開が楽しみです。

ギリシア神話を題材にするメリットはさまざまにあって(こちらからの一連の記事も参照)、だからこそ、そのような作品も無数に存在するわけですが、そのギリシア神話についてある程度知っていると、作品の「ベンチマーク」のようなものとして、「こうネタにするのか」「神話通りなら、こう展開させるのかもな」などと考えたり予想したり、そして「こういう活かし方をするのか」と予想を裏切られたりと、読み手がより作品を楽しむことにもつながります。

漫画が好き、映画が好き、といったように、あるカテゴリーのもとで作品を探し求めていくのもいいです。そういったあらゆるカテゴリーに関係しているギリシア神話をきっかけにした出会いも、おもしろいですよね。そうでなかったら出会っていなかった作品にめぐりあうこともしばしばです。円城寺真己さんの他の作品も読んで、出会いをより有意義にしたいと思います。

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