実は○○でした―怪物スキュラ

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2023年1月現在、管理人は「やわらかいギリシア神話の解説本」企画をいただき、打ち合わせを進めております。さまざまな「トーン」で書いてみた習作のような原稿が蓄積されたのですが、このまま掲載はされないものをせっかくなのでこちらに記録・公開しておこうと思いました。以下はそのうちの一つで、比較的マイナーなキャラクターであります怪物「スキュラ」にまつわる話。

女の嫉妬が生み出した怪物

ギリシア神話にはさまざまな怪物が登場しますが、その誕生理由や正体が意外な場合がけっこうあります。意外な正体!実は○○!は、物語のアクセント。ここでは「怪物はもともと美女だった」というパターンを紹介。

海の怪物スキュラ

エーゲ海、地中海をよく航海していたギリシア人たちは、危険な海に多くの怪物がひそんでいると考えていました。そのなかにスキュラという怪物がいます。そのお姿にはいくつか言い伝えがあり、巨大な6つの頭を持ち、それぞれの口には三重の歯が生えていて、12本の足をもっているとか、上半身は人間で、下腹に猛犬を巻きつけている、と語られることもありました。どっちにしてもかなり独特な見た目。スキュラは、カリュブディスという、海の渦巻きを擬人化した怪物とセットで人々を恐れさせていましたが(カリュブディスとスキュラは叙事詩『オデュッセイア』に登場。こちらもご参照を)、ここでは怪物スキュラの誕生と正体について。スキュラは、もともと美女だったそうなのです。

ふりふられ

一説には海のニンフ(精霊)であった美女スキュラさん、男性たちの求愛をことごとくことわっていたのですが、グラウコスという海の住人もスキュラを一目見て恋に落ちました。

バルトロメウス・スプランガーの絵画『グラウコスとスキュラ Glaucus and Scylla』(1582-82年、ウィーン・美術史美術館蔵、Public Domain via Wikimedia Commons.)

グラウコスはもともとふつうの人間でしたけれども、魔法の草を食べ、緑青色のヒゲが生え(藻かな)、腕が水色に(アバターかな。一説によると、ですので絵画では青くないですね)、足先が魚の尻尾みたいになり、海中で暮らしていた人。

グラウコスは海で見かけたスキュラに声をかけたものの、あっという間に逃げられてしまいます。「おれの誘いを無視するのかい」と驚いた、自信過剰のグラウコス。このままあっさりと引き下がりはせんで!と向かった先は、イタリア半島に住むとされた魔女キルケの館。

グラウコスはキルケを前にして、スキュラへの恋心をスキュラ本人にも分かちたいと切々と語ります。うまいこと言おうとしてますが、ようするにスキュラに好かれたいので、魔法の惚れ薬を魔女キルケに発注したのです。しかし、ここで意外な展開へ。

グラウコスの話を聞いていたキルケ、「ちょっといい男ね」と思ったらしく(え?)、ふり向かないスキュラなんかほっときなさい、太陽神の娘で女神でもある私すら(キルケは太陽神ヘリオスの娘とされました)、あなたのことを憎からず思いますけど…そういう相手の方に目を向けたらいかが、と恋のサインを出し始めます。

しかしグラウコス、それをはねつけ、今はスキュラしか見えないから!魔法でなんとかしてくれ!とグイグイ。空気を読まず、女心も理解しない男(悪いのはそういうとこだぞ)。

嫉妬で爆発

グラウコスにまったく相手にされず、むしゃくしゃした気持ちがおさまらないのがキルケ。嫉妬の炎が燃え上がります。惚れた弱みか、怒りの矛先はグラウコスではなく、スキュラへ。そして恐ろしいことを計画。

キルケは、注文された惚れ薬ではなく、別の薬をせっせと調合しました。そして、スキュラが立ち寄る場所を用意周到に調べあげると、スキュラがよく沐浴するという泉に目をつけました。キルケはこっそりその泉にやって来て、何やら薬を投入。

何も知らずに泉にやって来たスキュラが、体を清めようと泉に身をひたしたのですが…。スキュラの体はあれよあれよという間に変化していったのです。おぞましい怪物の姿に!キルケが用意した魔法の薬は、ふれたものを怪物へと変えてしまうものでした。

スキュラの姿に嘆き悲しんだグラウコス。それでも求愛したらグラウコスの株は急上昇、反ルッキズムのヒーローになったかもしれないところですが、変身したスキュラに対してはさすがに恋心も冷め、それがキルケの仕業であることを知って、こちらにもドン引き。キルケの方になびくなんてことも、もちろんなかったそうな。

そしてスキュラは、世への復讐なのか、船乗りたちを襲う哀しい怪物として生き続けたのです。

他にもあります

怪物はもともと怪物ではなかったのだ、というような「実は…な話」がいろいろ語られているのも、ギリシア神話のおもしろいところでしょう。ちなみに、意外な誕生、実は○○だったエピソードは他にもいろいろありまして。雲を女神と思って男が襲って交わったことから生まれたケンタウロスや、自分は悪くないのに女神の怒りをかって怪物にされたメデューサ。そのメデューサが首を切られ退治されたときに胴体から飛び出してきたのが、天馬ペガサス。いろいろ取りそろえておりますので、別の機会にご紹介したいと思います。

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