本紹介: マデリン・ミラー『キルケ』

最終更新日

米国の作家マデリン・ミラーについては本サイトでもすでに言及したことがありましたが、今回、彼女の長編第二作『キルケ』邦訳を読了し、これはおすすめしたいと強く感じましたので、あらためてご紹介。

ギリシア神話を再解釈・再話した作品群で知られるマデリン・ミラー。彼女が、叙事詩『オデュッセイア』に登場する女神・魔女キルケを題材にしたのが本作、マデリン・ミラー(野沢佳織訳)『キルケ』作品社、2021年、原著2018年。

あらすじ

太陽神ヘリオスと女神ペルセの間に生まれたキルケ。神としての能力、美しさに欠けていた彼女はまわりに疎まれながら育つが、魔法を扱う才能に気づき、それによってある事件を引き起こす。魔法の危険性を警戒した神々によって、アイアイア島に追放されてしまうキルケ。しかしそこでこそ彼女は、英雄オデュッセウスとの恋愛などを通し、神々と人間、そして自らについて深く知っていくのだった…。

感想

ふだんはサスペンスやホラーばかりの管理人。神話の受容について原稿ネタにすべく「仕事」として読み始めた本作でしたが、グイグイ引き込まれ、あっという間に読了しました。おもしろい。生まれながら苦悩を抱えた一人の女性、一人の人間の成長物語として、誰しも共感するところをもって物語世界に浸れるのではないかと思います。それが、お涙ちょうだいみたいな共感の押しつけではなく、淡々と描かれているのがかえって良かったです。なんというか、しみじみいろいろ思いを巡らせつつ物語を実感できたというか。

そして、ギリシア神話の諸エピソードの結びつけ、再解釈が本当に巧みです。おぉ、そうくるか、というところが多々ありました。ギリシア神話についてある程度知っているとますます楽しめること請け合いですね。叙事詩『オデュッセイア』、クレタ島のミノス、パシパエ、アリアドネ、怪物ミノタウロスとそれを退治した英雄テセウス、迷宮を造ったダイダロス etc. といった名前・逸話をちょっと知っているといっそうおもしろいでしょう。

もちろん、ギリシア神話をまったく知らなくても純粋に叙情的小説として引き込まれると思いますし、これをギリシア神話にふれる機会とするのもよいのではないかと。ほめてばかりですが、難しいのはまさにそこかもしれませんけれども。つまり、いろいろ出てくる固有名詞が覚えきれず(覚えなくて大丈夫なのですけどね)入り込めないとか、ギリシア神話の諸要素が気になって本筋に集中できないとかいった受けとめ方もあるかもしれません。ちょっと長いですし(物語部分のみで450頁以上)。敷居が高く感じる向きもあるでしょう。ですが、そうした点はあえて言えば、に過ぎません。読み始めたなら、きっと分かりやすい語りに引き込まれ、よけいなことは気にならないのではと。

補足

なお、マデリン・ミラーには先に、トロイア戦争の英雄アキレウスとパトロクロスとの友情・愛情を、パトロクロスの視点から描いた『アキレウスの歌』(2012年)があります。こちらの邦訳は早川書房から(川副智子訳、2014年)。『アキレウスの歌』は、女性作家を対象とした「オレンジ賞」(現ベイリー賞、英国の文学賞)の受賞作としても知られています。本作も一度読んだのですが、例の「仕事」のため急いで読んだため反省しており、もう一度じっくり読んだうえで感想をメモ・紹介したいと思っております。

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