エウロペ・エウロパと、ヨーロッパ

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 いろんな事物が、古代の神話につながっている。そんな例をしばらく紹介してから、ゼウスとかアルテミスとか、ヘラクレス、アキレウスなど、ギリシア神話の特定の神や英雄に焦点をあてた記事も蓄積していきたいと思います。今回は、地名です。

 フェニキア(地中海東岸、現在のレバノン)の王女エウロペは、あるとき海岸で従者たちと水遊びをしていました。王女の美しさに魅せられた、ギリシア神話の主神ゼウスは、牡牛に姿を変えて接近を試みます。このようにギリシア神話ではゼウス自ら変身するなど牛がよく登場するのですが、これは古代の農耕において牛が最も身近で重要だったことを反映しているのでしょう。ゼウスの狙い通り、エウロペが見事な牡牛に興味をもって近づくと、牛がおとなしかったので、彼女はたわむれに牛の背に乗ってみます。すると牛は走り出し、エウロペをさらってしまったのです。ゼウスはそのまま西方の地を駆け巡ったあと、エーゲ海の南に浮かぶクレタ島に至りました。そこでエウロペはゼウスの子を生んだといいます。そのとき誕生した子供の一人が、のちにクレタ島の王となるミノス(別記事でふれている怪物「ミノタウロス」と関わる人物)。そしてゼウスとエウロペが巡った地が、エウロペ(ラテン語でエウロパ)=「ヨーロッパ Europe」と呼ばれるようになったのです。

 神話といえば星座を通して興味を抱く人も多く、もちろん本サイトでも星座の由来についても扱っていくことになると思いますが、ここでの話に関係するところでは、エウロペをさらった牡牛が「おうし座」としてイメージされています。なお星座名は欧米では古代ローマのラテン語での表記が慣例で、牡牛、おうし座はラテン語でタウルス Taurus。よく栄養ドリンクの主成分となっている栄養素タウリンTaurineは、牛の胆汁から発見されたため、タウルスをもとに名づけられました。

 西洋文明の起源として捉えられる古代ギリシア文明はかつて、白人が単独で築き上げた奇跡の文明、と理解されていました。しかし現在では、フェニキアなどの影響を受けながら、その文明を発展させたことがわかってきています。そもそもギリシア文字はフェニキア文字を真似して前8世紀頃に使われるようになったのです(神話でもエウロペの兄カドモスが妹を探してギリシアにやってきて、文字を伝えたといわれている)。また、フェニキアやギリシア本土と交流をもって、東方からの文化的影響の中継地でもあったのが、右記の神話に登場するクレタ島でした。よって、フェニキアの王女エウロペの名が「ヨーロッパ」の由来となったという言い伝えは、とても示唆に富む話といえます。つまり神話には、大昔の記憶や語られた時代の状況が映し出されることがあるのです。

 現代でも、エウロペはヨーロッパを象徴する存在。ギリシアやイタリアではユーロ硬貨に牡牛とエウロペの図案が採用されたことがありましたし、2013年から使用され始めた新ユーロ紙幣の透かし等にもエウロペがデザインされています(画像の紙幣の右側に映っている肖像。あと画像からは確認しにくいが、紙幣の左に透かしがある)。

All denominations of the Europa series euro banknotes. Licensed under the Creative Commons CC0 1.0 Universal Public Domain Dedication.

 さて、管理人の著書『世界を読み解くためのギリシア・ローマ神話入門』(河出書房新社、2016年)では、さらにいろいろな事例を紹介しております…ですが、当初の選書版は絶版状態でして、現在、改訂版を準備中です。刊行されましたらあらためてご紹介させていただきます。

 本サイトでは、いつでも更新可能という利点を活かして、自著の内容を補足しつつ、さらに多くの神話継承例を紹介・蓄積していきます。

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