アスクレピオス 蛇と医術とWHO

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ギリシア神話の世界には、「オリュンポスの12神」以外にも有名な神々が多くいます。なかでもそのイメージの広まりにおいては、アスクレピオスが重要な存在だと思います。

アスクレピオスは、医術を司る神アポロンと、ギリシア北部ラピテス族の王女コロニスとの子である医神。ペロポネソス半島東部のエピダウロスや、エーゲ海のコス島を中心に崇められ、髭をたくわえた壮年の男性の姿でイメージされます。

ケンタウロスの賢者ケイロンのもとで医術を学び、多くの人々を救って神となったと伝えられています。

なおコス島にはアスクレピオスの子孫と称する医師たちがいて、そこに現れたのが高名な医師ヒポクラテス(前460頃〜前370年頃)。現代にも受け継がれる、医師の倫理についての宣誓、「ヒポクラテスの誓い」でその名は有名。特に医療関係者はみな知っているのでは(たまたまお会いした医師の方などに何度かお聞きしたことがあるのですが、「当然知ってますよー」という感じでした)。

アスクレピオスは、医術のシンボルとして一匹の蛇が巻きついた杖を持っています。

アスクレピオスの大理石像(2世紀、スコットランド国立博物館所蔵。Creative Commons via Wikimedia Commons. クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 4.0 国際ライセンスのもとに利用を許諾されています。

脱皮をする蛇は古代の人々にとって生命再生の象徴だったので、医療とも結びついたのです。

そのイメージは現代まで受け継がれ、蛇の巻きついた「アスクレピオスの杖」は、WHO(世界保健機関)のシンボルマークの中心に描かれています。

WHOのシンボルマーク(国連のマークに、アスクレピオスの杖が重ねられている。)

ただし杖に巻きついているのは、もとは蛇ではなく、寄生線虫のメジナ虫だったという解釈もあるのです(石橋信義編『線虫の生物学』東京大学出版会、2003年、名和行文担当、8章「人類と寄生線虫」100〜102頁)。ヒトの皮下結合組織に寄生するメジナ虫は体幅2ミリ以下ですが、雌の成虫になると体長70〜120センチに達する寄生虫。現代でこそあまり被害はないそうですが、こうした寄生線虫と人との付き合いは大昔に遡るので、アスクレピオスの杖はメジナ虫の治療のやり方を示している、つまり姿を見せたメジナ虫を棒状のもので巻き取り引っ張り出すところを描いているのだ、という解釈です。…この解釈、私が京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)で非常勤講師をしていたときに、受講していた中国からの留学生(とっても博識!)に教えてもらい、自身でも調べてみました。

ただし、もしかすると本来はそうした意味もこめられているのかもしれないですが、現代では蛇としてイメージが広まり、定着しているます。

蛇と関わりの深いアスクレピオスは、神の意に反して死者を甦らせたことからゼウスを怒らせ、その雷霆を受けて死んだのですが、それまでに人々を救った功績から天に上げられて、へびつかい座(ラテン語でオフィウクス Ophiuchus)になり、彼の象徴としての蛇が「へび座 Serpens」になったとされてもいます。

ところで、太陽の通り道にあるように見えて最も重視されてきた星座が「黄道12星座」であり、どの星座が太陽と一緒に見えている時期にその人が生まれたかで占う星座占いで知られますが、へびつかい座もそこに入れて「13星座」として考えるべきではないか、という主張をお聞きになったことがあるでしょうか。1990年代に英国で出てきたもので、一般には広まっていないようですが(占いにあまり興味がない私でも当時はその話題を耳にしたものですが、どうでしょうね)、へびつかい座も太陽の通り道付近に見えることに由来した考えです。

なお、アスクレピオスの娘(あるいは妻)とされるヒュギエイアも、蛇の巻きついた杯を持って描かれます。

クリムト『ヒュギエイア』(1900~1907年頃。Public Domain via Wikimedia Commons.)

杯というかヒュギエイアの手や体に蛇が巻き付いてる感じで描かれることが多く、古代の像なんかだと「バラエティ番組でこわごわ蛇を持たされている人」っぽいんですが。

この「ヒュギエイアの杯」が薬学の象徴になっていて、海外の薬局の看板等に描かれていることがあるのです(日本の薬局だとヘビじゃなくて店頭カエルが浸透してますね)。海外で言葉がよくわからなくても、あれが薬局かな、と見て察することができたりするのです。

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