デメテルとペルセフォネ/ケレスとプロセルピナ――豊穣の母神とさらわれた娘

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大地の女神

デメテルと、その娘ペルセフォネ(ペルセポネ)については、ハデスとペルセフォネのエピソードにからめてこちらでも言及したのですが、ここではデメテル中心に、一項目としてまとめておきます。ハデスがらみの記事と内容が重なるところがありますが、ギリシア神話の複雑さゆえ、やむをえない構成でもありますので、ご容赦ください。

デメテルは豊穣、特に穀物の実りをもたらす大地の女神。美術表現では高貴な婦人の姿をしていて、麦の穂を持って描かれます。

名の語源は、一説によると「ゲー Ge」(大地)+「メーテル Meter」(母)にあるのではないかと推測されています。「メーテル」というと、私のような年配世代は『銀河鉄道999』を思い出します。

デメテルはローマでは「ケレス Ceres」と呼ばれ、これが穀物(シリアル cereal)の語源。

古代の人名デメトリオスは「デメテルに仕える者」といった意で、そこからスラヴ系のディミトリ、ドミトリといった名が派生。また女性名やブランド名として受け継がれる「クロエ」はデメテルの別名で、春に息吹く緑を表現した言葉です。古代ギリシアのロンゴス(紀元2〜3世紀)が作者とされる牧歌的な恋愛物語『ダフニスとクロエ』のヒロイン名としても有名(この物語はモーリス・ラヴェル作曲のバレエ音楽で知られます。また、三島由紀夫の小説『潮騒』も『ダフニスとクロエ』から着想を得ています。ちなみに男性主人公の名「ダフニス」は、月桂樹の森で生まれたことから「月桂樹の実」の意)。

ペルセフォネの誘拐

デメテルには、ゼウスとの間に生まれたペルセフォネという娘がいました(別名「乙女」の意のコレ、ラテン語ではプロセルピナ)。あるとき、冥界の王ハデスがペルセフォネに恋をし、ゼウスの許しを得て彼女を冥界に連れ去ってしまいます。父ゼウスの勝手な許しのもと娘が与えられるという展開は、実際の古代ギリシア社会において基本的に父親のみの判断で娘の嫁ぎ先が決定されたことを反映しているとも考えられますね。

消えてしまった娘を、母デメテルは嘆き悲しみながら探しまわります。そして事情を知る太陽神ヘリオスから、ハデスが娘をさらったこと、しかもゼウスが関与していることを聞いて、デメテルは神々の住まうオリュンポスから去り、人間の姿に身をやつして下界を放浪したので、大地の実りがもたらされなくなってしまいました。

人間にとって困った事態ですが、収穫を奉納してもらう神々も困ってしまったので、ゼウスがハデスを説得して、ペルセフォネは地上に戻ってくることに。

フレデリック・レイトン『ペルセフォネの帰還』(1891年。Public Domain via Wikimedia Commons.)

しかし、彼女は冥界でザクロを口にしていました。冥界の食べ物を口にしてしまった者は、完全には地上に戻ってくることができません。そのためペルセフォネは、年の三分の一だけは冥界で暮らし、残りは地上で母と暮らす、ということになったのでした。

これは、種がまかれてから地下に隠れ、地上に芽を出す穀物を象徴した物語と考えられます(ザクロは多くの種をもつため豊穣多産の象徴でもあります)。

ペルセフォネは誘拐されたわけですが、ハデスとペルセフォネは良い仲になったとする解釈もあります。ハデスがミンタ(メンテ)というニンフと浮気をしたので、嫉妬したペルセフォネが彼女を「ミント」にしてしまったという逸話も伝わっているのです(ストラボン『地誌』8.344)。

ペルセフォネが地上の母のもとに戻ると、デメテルも喜んで春の息吹がもたらされ、穀物は成長し始めるのだと考えられました。自然のサイクルをこのように生き生きとイメージしたのが、古代神話の感性なのです。

なお、デメテルあるいはペルセフォネを「おとめ座 Virgo」とする説明もあります。おとめ座で最も明るい恒星スピカはラテン語で「麦の穂」の意味で、これはおとめ座が麦の穂を持っているという見方に由来。豊穣の女神のイメージにふさわしいといえますが、母であるデメテルは「おとめ」としては違和感があるかも(おとめ座の由来についての他の説明は、こちらをご参照ください)。

エレウシスの秘儀

デメテルは、娘を探していたときにアテネの西、エレウシスにおいて人々に受け入れられたお返しに、秘密の儀式を教えたとされます。そのように由来が語られたのが「エレウシスの秘儀」という、ギリシア内外の多くの人々が入信した宗教儀式。秘儀なので、どのような儀式がおこなわれたのかは明らかではないのです。ちなみに秘儀のことをギリシア語で「ミュステリオン」といって、これが「ミステリー」の語源ですが、まさにミステリー。

間接的な証言をまとめると、どうやら来世での再生を約束する儀式がおこなわれたようです。冥界に行って戻ってきたペルセフォネの「再生」を何らかの形で模して、輪廻転生を説くものではなかったかと考えられます。そこには大地が育む生命サイクルからの類推による、生命の永遠の循環への信仰があったのでしょう。そうすると、多くの人々が参加を求めたこともうなずけます。

この秘儀は、キリスト教が広まり紀元四世紀にローマ帝国のもとで異教が禁止されたことによって消滅しましたが、神秘的古代宗教の象徴として言及され続けています。

また一説には、デメテルが穀物の栽培をエレウシスの人々に教えたという伝えもあって、エレウシスを支配下においていたアテネは、自国がそこから穀物栽培を教え広めたのだと主張していました。これは、自国の偉大さを宣伝しようという意図を反映してアテネ人によって語られるようになった神話でしょう。神話はこうして創り出されたり、政治的に利用されたりしたわけです。

エジプトの女神イシス

ギリシア人がデメテルと同一視したのが、エジプトの女神イシス(英語でアイシス Isis、イシスはゼウスにさらわれエジプトに至った女性イオとも同一視された)。多神教の古代世界では、どこか似ている、つながりそうな神や神話の人物が同一視されることがよくありました。イシスは生命を司る豊穣の女神なので、大地の実りをもたらすデメテルと重ねられたのです。

エジプトで語り継がれ、ギリシア・ローマにも伝わった神話によれば、イシスは神にしてエジプト王たるオシリスの妻。オシリスは弟のセトに殺されてしまうのですが、イシスが生命を司る力でもって夫を復活させ、息子のホロス(ホルス)に仇討ちを果たさせました。このように強大な力をもつとイメージされたイシスの信仰は、しだいにギリシア・ローマ世界に広まります。

ホロスはギリシアではハルポクラテスという童神と同一視され、口に指をくわえた姿で描かれたので、ギリシア・ローマでは沈黙の神としてイメージされました。

また、イシスが赤子のホロスを抱いて授乳する図像は、マリアが幼子イエスを抱いている聖母子像に影響を与えたと思われます。エレウシスの秘儀がキリスト教によって廃止された一方、このように古代神話の伝統がキリスト教に影響を及ぼしてもいるわけです。

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