ヘルメス/メルクリウス(マーキュリー) 多才な伝令神(1)

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商売、豊穣、盗みの神

ヘルメスはゼウスと女神マイアの子。牧歌的楽園とイメージされたペロポネソス半島アルカディア地方の洞窟で誕生したと伝えられ、オリュンポス神族のなかではゼウスの末子。青年の姿で描かれる、商売と豊穣、盗みの神。

翼のついた帽子をかぶり、有翼のサンダルで空を飛んで移動できるヘルメスは、神々の使者としていろいろなエピソードに顔を出します。たとえばゼウスに命ぜられ、アルゴスという怪物を退治したことから、「アルゴス殺し」との異名もあり。

「道祖神」のような面もあり、上部が人間の姿で男根を備え、下部は柱になっているヘルメス像が古代ギリシアの道路や戸口に立てられていました。そうした性質こそが本来のヘルメス信仰ではないかと推測され、そこから発展したのでしょう、やがて旅人の守護神になり、そして各地を行き来する商人を守護して富をもたらす神にもなり、利益を追求するイメージが行き着いたのか、盗人の神にもなったのです。さらには「あの世への旅」まで司る神として死者の魂を冥界に導くとも考えられました。

ローマではメルクリウスという神と同一視され、英語で「マーキュリー」、すなわち水星の象徴でもあります。水星は太陽に近く、ほかの惑星よりも速く天を移動しているように見えることから、すばやく動くヘルメスのようにイメージされたのです。

またマーキュリーは「水銀」も意味します。水銀が強い流動性をもつので、すばやい伝令神に重ね合わされました。

誕生のエピソード

生まれたときからヘルメスは、よくいえば智謀、悪くいえば詐術の才を備えていました(以下は『ヘルメス讃歌』とアポロドロスの伝えるところを合わせた物語)。

赤子ヘルメスは揺りかごから抜け出ると、兄にあたる神アポロンの飼っていた牛50頭を密かに連れ出して隠してしまいました。しかも牛たちの尾を引っ張って後ろ向きに歩かせるなどして、移動の跡も隠蔽。さらにヘルメスは肉が食べたくて、何頭か焼いたりして食べてしまったといいます。

牛を盗まれたアポロンは占いによってヘルメスが犯人だと知ると、怒ってヘルメスのもとにやってきます。するとヘルメスは、「生まれたばかりで、そんなことができるわけはありません」などと言って、ごまかそうとしました。

ヘルメスの才を笑って認めたゼウスの勧告で、ヘルメスとアポロンは和解することになるのですが、アポロンは釈然としなかったでしょう。しかしヘルメスはここで竪琴を取り出します。盗みが露見する前、ヘルメスは亀の甲羅に羊の腸を張って、竪琴(リュラ)を作り出していたのです。ヘルメスが奏でる竪琴の見事な音色に魅了されたアポロンは、竪琴をヘルメスに譲り受けて大いに喜びました。こうしたやり取りは、ヘルメスの商売神としての性格も示唆しています。 →続く

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