ヘルメス/メルクリウス(マーキュリー) 多才な伝令神(2)

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ヘルメスを探して

ヘルメスが主人公となっているエピソードは、誕生直後のもの以外にあまり見られないのですが、成長した青年神ヘルメスは神々の伝令として数多くのエピソードに関わっています。古代神話を描いた絵画において脇役としてよく登場するので、その姿を探してみるのも面白いでしょう。先述のように、翼を備えた帽子とサンダルが、飛ぶように移動する伝令神ヘルメスの象徴です。

またヘルメスの持ち物といえば、二匹の蛇が巻きついている杖もあり、これをケリュケイオン(ラテン語ではカドゥケウス)といいます。友好の印としてアポロンがヘルメスに贈った富の象徴と伝えられるもので、マーキュリーすなわち水星を示す記号「☿」は、この蛇が巻きついた杖のイメージに由来(似ていますが、別項目で取り上げる予定である医療のシンボル「アスクレピオスの杖」は、一匹の蛇が巻きついているもの)。二匹の蛇は、命を生み出すため交合する蛇をイメージしているのかもしれません。ヘルメスは豊穣神の性質も備えていたので、この杖は豊穣をもたらす象徴なのです。

また彼は商売の神でもあったことから、ケリュケイオンは商業のシンボルにもなっています。たとえばそれは一橋大学の校章にあしらわれており、これは一橋がかつて商科大学だったときにデザインされたもの。

そして商売といえば、日本橋三越本店の正面入り口では、裸の青年ヘルメス像が商売繁盛を見守り続けているのです。

東京・日本橋三越本店のヘルメス像(2014年、管理人撮影)

ところで日本では、ヘルメスはある「変身」のもと、有名になってもおりました。

きこりが斧を川に落としてしまったら、水中から女神が現れ「あなたが落としたのは金の斧ですか、銀の斧ですか?」と質問されて…というお話は有名ですよね。この話は古代ギリシアで語られていた『イソップ物語(イソップ寓話)』に由来するのですが、この女神が本来は男神ヘルメスだったのです。

音楽史についての記事をまとめている影踏丸さんという方が、すでに詳しく調べていらっしゃったので詳細はそちらに譲りたいと思いますが(https://note.com/kagefumimaru/n/n7f6364378901)、明治時代にギリシア神話やイソップ物語が日本語に翻訳される際、水星の神であるヘルメスが「水星明神」として紹介され、ときに「水の神」と理解(誤解)された→日本だと昔話などで川の神・水の神は女神というイメージがあった(自然界の神や精霊などを「命を生み育む女性」という観念と重ねる発想は当のギリシア神話でも見られ、普遍性もあります)→イソップ寓話の翻訳において女神さまに変えてしまった訳者がおり、それが広まった、 というプロセスが想定されています。

なおヘルメスは、ヘレニズム時代にエジプトの知恵の神トートと同一視されました(楽器の発明者である点など類似しているので)。伝令神であるヘルメス自身が死者の魂を冥界に導くと考えられていましたし、トートが魔術と結びつく神でもあったことなどから、ヘルメスは神秘的イメージを強く帯びるようになり、神秘思想においてよく象徴的に取り上げられる神格になっていったのです。それで後世では、ヘルメス・トリスメギストス(「三倍偉大なヘルメス」の意)なる伝説的な錬金術師の存在が想像されたりもしました。

ヘルメスの名はフランス語では「エルメス HERMÈS」。商売の神として縁起がいいということで名前としても受け継がれ、フランス人ティエリ・エルメスが創始したのが、世界的なブランドに発展した「エルメス」社(もともと馬具を作っていましたが、のち皮革製品製造に転じました)。

名前といえば、ヘルメス/メルクリウスの英語名マーキュリーは水星の意だけでなく、ロック・バンドのクイーンのヴォーカリスト、フレディ・マーキュリーでも有名。これは芸名ですが、現代世界でも「ヘルメス」は多才で、様々なところに顔を見せているわけです。

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