ディオニュソス/バッカス 酒・祭・狂乱の神(2)

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ディオニュソスは、酒と祭りの神として人々に集団的狂乱をもたらすと考えられました。エウリピデスの悲劇『バッカイ(バッコスの信女)』には、以下のような物語が伝えられています。

テバイ王ペンテウスは、ディオニュソス信仰を危険視して禁じ、ディオニュソスを捕らえようとします。しかし、ペンテウスの母を含むテバイの女たちはその信仰に狂乱していました。そして狂気にとらわれた女たちは、ペンテウスを八つ裂きにして殺してしまうのです。

ディオニュソスという名の神自体は、前二千年紀からギリシアにおいて存在したことが粘土板文書の断片的記録からわかるのですが、どうやらディオニュソス信仰には、のちに伝わってきた東方の集団的狂乱・陶酔を伴う宗教の要素が強く影響を与えているようです。『バッカイ』のような物語は、その信仰がときに警戒されながらも広まっていったことを反映しているのでしょう。

現代では、ディオニュソスやバッコスの名は、ワインなどの酒、また酒の入ったお菓子などの名称に用いられています。なお「ディオニュソスに仕える者」といった意のディオニュシオスという人名が短くなったのが、現代のデニス、ドニといった名前。

従者サテュロス

ディオニュソスの従者がサテュロス。角や蹄など山羊(古くは馬)の特徴を備えた姿で知られ、ときに牧神パン/ファウヌスと同一視されます。またサテュロスには性的に放縦とのイメージがあり、神話を題材にした卑猥なパロディー劇は、「サテュロス劇」と呼ばれていました。

サテュロスのマルシュアスについては以下のような物語があります。マルシュアスは笛の名手でした。その笛は女神アテナが作ったのですが、ほおを膨らませて吹く顔がおかしいと他の神が言ったものですから、アテナはそれを投げ捨てました。マルシュアスはこれを拾って使っていたのです。

マルシュアスの見事な演奏は、音楽の神であるアポロンの竪琴と並び評されるようになります。そこでアポロンとマルシュアスは演奏を競うことに。学芸の女神ムーサの判定のもと、勝利したのはアポロン。するとアポロンは、思い上がった罰だということで、なんとマルシュアスの皮を生きたまま剥いでしまいます。マルシュアスの苦しみを思って悲しんだ者たちの涙によってできたのが、フリュギア地方(小アジア中西部)の清流、マルシュアス川だと伝えられています。

ホセ・デ・リベーラ『アポロンとマルシュアス』(1637年、 ベルギー王立美術館蔵、Public Domain via Wikimedia Commons.)

シレノスとミダス王

同じくディオニュソスの従者とされたのが、人の姿に馬の耳や足をもつシレノス。サテュロスより老いた姿でイメージされ、ときに賢いと考えられた山野の精霊ですが、サテュロスとよく混同されます。

古代のシレノス像(2世紀、ヴァチカン美術館蔵、Public Domain via Wikimedia Commons.)

ディオニュソスとシレノスに関わる有名な話が、フリュギアの王ミダスの物語(『変身物語』11.85以下)。酒を飲んで酔いつぶれていたシレノスが、農民によって当地の王ミダスのもとへ運ばれてきました。ミダスはシレノスを歓待し、ディオニュソスのもとに帰らせます。その恩に報いるため、ディオニュソスとシレノスはミダスの願いをかなえてあげることに。そこでミダスは、手でふれたものを何でも黄金に変えてしまうという能力を手に入れるのです。最初は大喜びだったミダスですが、食べ物まで黄金に変わって食事もできないのに困り果て、懇願してもとの自分に戻してもらったのでした。これは、フリュギアが実際に金の採れる富んだ地域だったことが背景となって語られた話なのでしょう(なおミダス王のその後が「王様の耳はロバの耳」の話。「パン」について解説する際に言及する予定)。

あと少し補足しておきます…

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